熊野は深い。
夏の暑い日だった。ウェーダーの中は蒸し、首から出た汗が背をつたい、脇をすべる。僕は後輩の案内で、熊野の渓流に向かっていた。軍手で、ツンとした草をかき分けながら、おおよそ人間の登るべきとは思えない斜面を延々と登る。ほぼまっすぐ登る。まだ、登る。そうして登りはじめた場所が眼下に米粒のように消えたら、新しい景色が広がる。大好きな熊野の山並が見せる、本当の色、深緑。右手に見える山腹を洗うような滝は、額から目にしみ入る汗が混じり、わからないほどの水量だ。やがてひとしきり登り終えると今度は山腹に沿うように蜂の巣、落石を超えて進む。そして先ほどの滝の上流の滝へと出会うのだ。なにもかも僕には素晴らしかった。熊野だ。出会った滝で水を舐める。熊野だ。熊野の香り、色、音、温度。水の味を得たことで五感が熊野になる。熊野、熊野だ。


