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基本、自分で作ったもの以外サポートなしでお願いしてました。 |
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BASS
World 2003 9月号より引用
播本明彦・菊池陽一郎=写真 佐藤康夫=文 科学と経験を言葉で融合する釣楽人>>第23回 バスフィッシングの魅力は、バスという魚が持つ『豊かな好奇心』 に因るものと、言いきることができるかもしれない。その好奇心と攻撃性は、エサを捕食しようとする一次的欲求とはかけ離れた部分に及び、時には「こんな変 なものまで…」というような物体に反応することすらある。反面、人間の想像もつかない部分を魚が嗅ぎ分けていて、バスが追っている同じエサそのものを針に 付けたとしても何かが狂ってしまい、食わせられないことすら生じる。好奇心と猜疑心、こんな表裏一体の人間にとって不可解なバスの性質が、多くのアング ラーを悩ませ、そして魅了する。これだからバス釣りはやめられないのかもしれない。
■生物学者とUKポップシンガーに憧れた少年アングラー 長崎生まれ、北大阪育ち。現在も車上生活で各地に神出鬼没で知ら れるが、行政上は大阪・池田市の実家に籍を置く。両親が医者という、ある意味恵まれた環境に育った彼は、やはり医者への道を歩ませられることになる。1才 で日本語と英単語をしゃべり、3才で新聞を読むという圧倒的な早熟さで親や親戚の期待を一身に背負う。しかし、国立中学合格時に、道を大きく外れる決意を 決めたという。「このまま音楽や釣り、動物に対する興味を捨てての医者、という道を絶対に選びたくなかったんです。当時、ジョージマイケル(元ワム!)と いう人生の目標を見つけていたし、一方で野生動物を追い求めて行きたいという衝動にも駆られてました。近所のお店にいらっしゃってた今江プロや、USAの リッククランにも強い憧れがあったんですよ。ひょっとすると、当然のように医者になることを期待されている境遇に反発していたのかもしれませんね。」以 降、数学と物理の答案を意図的に無回答のまま成績を下げ続け、近畿大学水産学科へ。音楽、釣り、水産生物学という、将来なりたかった職種のどれを選択して もよい状況へと自分をうまく『救済』した。しかし、その大学入学直後一ヶ月も経たないうちに、長崎時代より聖歌で育んできた喉を壊し、音楽の夢はあっさり 断たれることになる。これによって必然的に将来の夢は魚に関する研究へと移行したのだという。その後、アルバイトしていた釣具店の社員の推薦により、大学 在学中にして釣り雑誌(SPORT & FISHING NEWS誌)の編集記者として業界入りした。
■バス対小川、好奇心の闘い バスとの出会いは野々山に連れられて訪れた琵琶湖の乙女ケ池。 「今でも憶えています。トーナメントワームのテキサスリグで104尾。これでまた魚をナメてしまったんですよね。アメリカの魚は簡単や、って。」そうして 地元に帰って家の近くのため池で試してみると、釣れない。今度は糸を細くしても釣れないのだ。ここではじめて釣り雑誌、書籍に目を通したり、テレビから情 報を収集することになる。そうしてようやく少しづつ釣れるようになった時に今江克隆が釣具店に現れたのだ。「その時今江さんがおっしゃっていたキーワード はゲーリーグラブのウォーターメロン、マスバリちょん掛け、の二つでした。」
■オリジナル釣楽人のはじまり また、小川はこの中学〜高校生の頃に初めて記事を書いている。 フィッシュマガジン誌、アクアライフ誌(ともに観賞魚の雑誌)、そしてタックルボックス誌(ゴミ問題などを書いていた)である。「僕が目指したのはバスプ ロでもなく、インストラクターでもなく、皆川哲さんだったんでしょうね。でもすでに存在するわけだから、真似しちゃいかんと。それで自分の釣りの楽しさを 伝えられる仕事への道を組み立てたんです。同時に考えていた音楽のプランは割と環境を問わなかったので、迷わず水産の道へ進みました。ライター=文系じゃ なかったのは、トラウトの『色』に対する行動性の違いを調べたかったからだけなんですけどね。」早稲田、上智などを射程に捉えた私立文系から、捨てていた 理系ヘあっさり方向転換。2ヶ月後、最も家に近い近畿大農学部水産学科に合格していた。このあたりは現在の行動力にも通じるものがある。
■現在… シーバス界でSIN-ZOベイトが注目される頃、本誌で小川の連 載が始まる。タイトルは『アカデミック・レイク』。色の持つチカラの詳細や群れ理論、五感の整理など、釣り人なら誰しも一度は疑問に思う現象を理路明晰に 説明し、読者をうなずかせるその斬新な内容は、多くのベテランアングラーを魅了し続けることになる。
そしてそのコンセプトの根源を求めた、高校時代からの親友・二神 慎之介の企画したラオス〜カンボジア釣行プランに共感した小川は、二つ返事で応じることになる。二人で一ヶ月にも及ぶ、魚に関してまったく下調べなしの釣 行だ。「探せば魚の情報はあるし、観賞魚の知識もあるんですが、とにかく一切フラットにしました。それくらい、水の中の存在にドキドキしたかったんです。 子供の頃、はじめての釣り場にいくたびに、この魚はなんだろう?ここには何がいるんだ?って思った、あの感覚を取り戻したかったんです。それだけの目的な んで、貧果だとか、他のアングラ−がこういうの釣ってるとか、とにかく関係ないんですよ。あの頃の釣りって、それはもうメチャメチャ面白かったじゃないで すか?何が釣れるかわかんないっていう場所にいって、その感覚を思い出したかったんですよね」こうして東南アジアで理想の瞬間を取り戻すことになる。しか し、釣果のほうは想像以上に貧果であった。「ぜんぜん釣れなかったですね。いそうな所にはいるんですけど、魚食民族の国ですから刺し網だらけで……。迷惑 かけたくないからって遠慮してしまうと、今度は釣れないんです。それはそれで楽しくて、いいんです。とにかく面白くない日なんてなかった。」競争相手もし がらみもなく、好きなように釣る。その結果釣れなくても、全てが『ワクワクする』という原始的な釣りの楽しみに昇華される。「結局釣りの楽しみも他のアウ トドアスポーツと同じように『無欲』だと思いましたね。」釣果にこだわらないでも楽しむことができる釣り、これがたくさんの魚を相手にした末に彼なりに辿 り着いた一つの境地なのだという。両親の趣味であるという登山に通じる世界がようやく見えたのかもしれない、と彼は云う。 「この世界で登りつめて何が見えるか見たいなら見ればいいでしょ うけど、いざ登りつめたら学業や仕事と違って実際の利益はたいして何もない。小さいプライドが満足する代わりに大きい足かせが増えると思うんです。 74cmのバスの写真を撮れなかったとき、悔しさのなか、自分に似合う魚じゃないことに気付きました。だから逆に気分が晴れたんですね。今思えば、あのと きの僕は、釣果の欲望にとりつかれた小さな釣り人だったのかもしれません。ある意味一番醜い姿を人前に晒さなくてよかったと思いましたね。そのあと釣った 魚の写真は、小さくてもどれもいい顔してますよ。地道に積み上げてきたもの以上の結果を突然手に入れたら、人間は勘違いを起こしてしまうこともある。それ も人生なら面白いんですけど、この情報社会では、誤報道やイメージだけでも善悪が決まっちゃったり、そういうスピードが速いんですよね。だから、一気に登 りつめるとそのあとの犠牲が大きいと感じたんですよ。しっかり裾野を拡げて、自分のやっていることを皆に認めてもらえば、どんなに驚かせても許してもらえ るし、息も長いと思うんです。」確かにバスだけではなく、シーバス、そしてトップウォーター、トラウト、オフショアのジギングなど、ルアーに関することな ら業界内どこにいっても彼に注目する人間は多い。考えてみれば単純に21年という年数としてのキャリア、ずば抜けた釣行回数、そこに知識と洞察力、類を見 ない柔軟な発想力が加わり、それを文章で表現できるという彼のスタイルは、簡単に崩れる砂上の楼閣では終わらないことは確かだといえる。 東南アジアの釣行から帰国し、本誌の誌面改革に伴い連載を終了し た彼は、アウトソーシングで様々なメーカーの商品プロデュースを請ける。今年の夏発売され、瞬時に店頭から消えたといわれるミノー『ザ・ナイフ・カウント ダウン7cm』は、常識を覆す位置に打ったウェイトにより、スイムベイトが弾力でうむような自発波動を生み出す集魚用ミノー。そして誰も手をつけなかった 興奮作用をおこす素材に着目し、食性より興奮を促す『SIN-ZOフォーミュラ』を発売。一方で、自らのブランドで『つぼリグ』、謎の新アクション型スイ ムベイトという『ブラボーキング』をはじめとする、誰も作ろうとしなかった、まったく新しいルアーの製作に取りかかっている。「スポンサーを付けずに何か 大きなことをやるとしたら、それこそ業界の商売としてのキャリアが必要かもしれません。でも僕は小さなことしかできないから、そういうのがたくさんできる なら、そっちのほうがいいんです。何より楽しいですから。新しいルアーなんてまだまだいっぱいあるじゃないですか。パクリルアーといわれるものを作るよ り、そっちのほうが面白くないですか?パクらなきゃ無理というのなら遠慮なくボクに仕事をくれたら作るのに(笑)。僕がアウトソーシングにこだわるのは、 一つのメーカーでずっと僕のルアーを出しても意味がないと思うからなんです。発想は際限ない方向でどんどん生まれますが、メーカー側には得意分野と不得意 な分野があります。例えばプラスチック成型の苦手なメーカーでプラグを出そうとしても、例えば設計やカラーが思い通りに行かなかったりするかもしれませ ん。でもそこでは金属加工が素晴らしいとすれば、そっちのルアーで面白いのができるじゃないですか。あと、次々に思いついた十種類の商品を別々に十社で作 ることができるなら、そっちのほうが効率よくないですか?いつ死ぬか分からない生活だから、焦っているだけかもしれないけど。本音をいうと僕はただの釣り 人ですから、お金よりも『ワガママに近い理想のヒットで釣れるルアー』が欲しいだけなんです。」この現在の仕事内容を大学生の時に考え付き、卒業後2年に して社長として会社経営をしている。早熟という言葉が最もあてはまる釣り人なのかもしれない。 子供のような遊び心に、自由な発想とそれを裏付ける豊富な知識を 持ったアングラー、小川健太郎。バス、シーバスはもちろん、今後は自身をして「本業」と言い切るトラウト方面での活躍も期待され、まさに脂の乗った26 才、今が旬のアングラーであるといえよう。彼が次にどんな面白い釣りを我々に見せてくれるのか、楽しみに待つこととしよう。 プロフィール |